(インタビュアー:岡田 斉?遠藤 愛)
人間科学研究科は、1993年に開設しましたが、文部科学省への2回目の申請で大学院として認可されたと聞いています。最初の申請では、マル合教員(大学院で授業と研究指導の両方を行うことが認められた教員)が少ないこと、そして臨床心理学専攻1つだけでは大学院として十分ではないという指摘があり、2回目の申請で「生涯学専攻(現在の人間科学専攻)」の設置も含めた2専攻体制で申請して認可されたという経緯です。
私は元々、文教大学の教育学部に特殊教育専修ができて2年目に特別支援教育の専門家として着任していましたが、人間科学研究科をたちあげる1992年に教育学部から人間科学部に籍を移すことになりました。人間科学部に籍を置いたとはいえ、この時は不安定な身分で、大学院の授業として「臨床心理学実習」と「行動療法特論」をもっていましたが、大学院の教授会には出席していませんでした。当時は臨床心理士養成大学院が全国で10校くらいしかなかったので、全国から学生が臨床心理学専攻に集まってきていたました。皆さんとても優秀で、とにかく学びたいという意欲が高かったので、大学院の授業は刺激的で楽しかったことを今でも覚えています。
その当時の大学院の研究指導はとても敷居が高い雰囲気で、水島先生、岡堂先生など、研究科を引っ張ってくださった特定の先生方が少数精鋭で研究指導をなさっていました。その後臨床心理学専攻の定員が20名に増え、私も含め多くの先生方が学部と大学院を兼ねる形となり、修士論文指導も担当する体制となりました。
1996年頃、人間科学研究科も完成年度をむかえたので、私は一度、教育学部に戻ることになりましたが、2002年度に岡堂先生の後任として正式に人間科学部に戻ることとなりました。この時、博士課程の研究指導に当たることになったのですが、これまで特別支援教育を中心として、現場の教育実践者の養成が中心だったため、学問研究を中心に据えて指導を行う必要がでてきました。この時に、これまでのキャリアからステップアップして、「心理学を一から勉強しなおす」という努力をしました。
私は、元々は秋田大学の養護学校教員養成課程で教員養成の仕事をしており、その後別の大学の専任を務め、2005年に当時文教大学の学長になられた上杉先生とのご縁もあって文教大学に着任しました。背景としては、2003年の文教の短大の募集停止を受けて、臨床心理学科の学部の定員を増やした関係で、教員の枠が2名ほど増えたので、この時に私が着任できたということですね。当時の私の担当は「発達心理学」でしたが、何より驚いたのは着任2年目に臨床心理学専攻の専攻長を担当することになったことです。
この頃、文教大学の臨床心理学の顔でいらした2枚看板の水島先生?岡堂先生がご退職された後で、その代わりをどのように埋めていくか、ということでとても揺れていた時期です。その後すぐに上杉先生も亡くなられたので、人間科学研究科全体が不安定な状態で、新たな体制づくりをしなければならなかった。そういった意味では、この時今野先生は特に重責を担われていましたよね。
この時期は臨床相談研究所が不安定で、不安定な運営体制が落ち着かず、新規ケースが来ない、大学院生がケース持ちたくてももてないといった状況がありました。
そこでこの時期に、外部機関や現場と大学院の連携事業を模索しました。2006年には「文教大学と足立区教育委員会との間における特別な支援を必要とする児童?生徒への教育内容?方法等についての研究交流に関する協定書」と「特別支援教育に係る研究課題をもつ大学院生及び大学生の区立小学校での研究受入?実習受入に関する協定書」を結び、院生の実践活動や研究の受け入れに関する提携をしました。協定締結の初年度とその次くらいまでは大学院生が研究を行って、現場の実践のお役にも立てたのですがだんだんと希望者がいなくなって、今度は研究科だけでなく大学全体に提携を広げていくということになりました。
その後2010年度から、谷口先生と一緒に地域との研究連携をはかるための「ちいき連携フォーラム」を開催しました。
やはり地域との連携を結ぶために必要なことは、互いの信頼関係を構築することですよね。大学はどうしても敷居が高いと思われがちなので、お互い顔が見える関係を作るということで、まずはこうしたフォーラムがきっかけになればと思いました。
それとこの年はもう一つ大きな連携事業を始めましたね。獨協大学法科大学院との連携で「リーガル子どもセンター」とのつながりを持たせて頂きました。今は獨協大学の法科大学院が閉設になりましたが、その当時は私があちらの大学院で「カウンセリング論」を開講し、こちらの大学院では「法と人間」という授業を開講して頂いたりしました。法科大学院を閉めたので交換授業今はなくなりましたが、現在も「獨協大学リーガル子どもセンター」には、臨床心理学科の先生方が専門相談を行うために出向されていると聞いています。
臨床心理学が地域のニーズにどうこたえるかということを模索した時期でしたね。現在でもスクールカウンセラーは本当に現場で機能しているのか、ということが話題になることがあると思います。臨床心理士?公認心理師の養成カリキュラムと同様に、関係者の先生方が頑張ってその仕組みを作ってこられたのだけど、今某市の教育センターに関わらせて頂いて、どうも学校の先生方との連携?協働がうまくいっていないケースもあると感じることがあります。学校と心理の専門家側の信頼関係の構築には、まだまだ互いの努力が必要だなと思います。大学及び専門家が地域のニーズをどう充足させるかは、今も課題ですね。
学内では、人間科学部の本拠地を新しくできた12号館に移す際、私が引っ越し委員長のような役割を担っていました。その際現在9号館にある院生室をこちらにうつしたいと考えたことがありました。院生と学部生がいつも接触できるような環境が望ましいと思ったのですが、その時には実現しなかった。今もその当時のままの配置のようなのですが、院生と学部生との交流機会を増やせるといいですね。
在任中は一貫して「科学者-実践家モデル」を自分の中でも目指してきたし、院生にもそれを求めて指導をしてきました。修士論文の指導には相当力を入れたと思います。「修士論文を指導できなければ自分が学者でいられなくなる」という、そういう気持ちをもって取り組みましたね。指導できる範囲をこちらで制限するのではなく、学生のやりたいテーマについて、半年以上ブレーンストーミングをしていきながら、どうしたら研究になるかをじっくり構築してもらうようにしました。2002年以降は博士課程の学生の指導をするようになりましたが、彼らも科学者実践家モデルを体現していったと思います。今まで8名ほど博士の学位取得者を輩出していて、ほとんどの方が大学教員になっていますね。
臨床心理学専攻のドクターコースというのは、当時は日本初で今も多くはないと思います。その当時は修士についても臨床心理専攻としては設置大学院が少ない関係上、どうしても文教の学部学生が大学院に入りにくい現状があるので、学内の学生が受けれてもらえる枠を作ることになりました。臨床心理学専攻の定員が20名になり、その後文教出身の学生が大学院の修士に入れる枠もできて、文教学生の進学率も上がりました。
私も今野先生と同じように、修士論文指導では学生に好きなテーマを選ばせていましたが、その当時の自分は学生の話を聞いて「それは研究になるの?」「理屈がそれでつながるの?」という問いかけを院生にしてしまっていたので、それが学生にはきつかったかもしれません。元々私は実験心理学の研究者だったので、論理的につながらない文章を体が受けつけきれなかったということがあります。今は教育相談に携わらせてもらい、やっと臨床心理の現実を踏まえた研究を受けいれられるようになりましたが、応用心理学の研究を一段下に見るような不遜な態度があったかもしれません。研究の手法も含めて、臨床心理の領域では学問の方法と対象にまだ距離があると当時感じていました。最近の研究では、ようやく「感情」に関わる研究がなされるようになっていますが、当時は認知的なことを扱った方がデータとしてはクリアにでてくると思っていました。
定年の時に専攻への提言を行うんですよ。その時にはいくつも提言したんですけど、中でも強調したのが研究科研究紀要を発行したらどうだろうかっていう話なんですね。これは結局実現していないんですけれど。あと、教員と院生のシンポジウムを定期的に開催したらどうかという話もしたんですけど、これも実現はできなかった。とにかく現役院生や修了生の研究活動の推進やバックアップに関することですね。たとえば修了生のリカレント教育として、研究支援やキャリア支援を充実させて、現役と修了生のつながりがより密接になるような取り組みが必要だと思います。すでに岡田先生がゼミのご指導で体現されていますね。廊下に院生が自分の研究成果をまとめたポスターを展示して、それを日常的に学部生が見られる環境づくりとか。ああいうことをやるといいなあと思っています。
今私の周りでは、修了生を含めた共同研究を実施しています。数年前のゼミ生の修士論文の内容が興味深く、そのままにしておくには惜しいと考え、臨床心理学専攻に最近加わった先生、10数年前のゼミの修了生にも声をかけ共同研究グループを組織しました。大学院、学部の共同研究費をいただきすでに2年、学部の紀要に3本の論文を掲載させていただきました。修了生にとっては研究についてのリカレント教育の場に、新人の先生にとっては大学院での教育の成果を実感する場に、私にとってはおいしいお酒を飲む場に(笑)なっておりとても得るところが多い機会になっております。
コロナ禍で中断してしまい昨年やっと復活しましたが、院生だけでなく学部生も学会に参加するという企画も続けています。学部生には早すぎるのではないかと思っていたのですが、ポスター発表の場合学部生と名乗ると発表者は配慮してわかりやすく説明してくれることが多いこと、シンポジウムなどは不特定多数を対象とするためか学部生でも参加して得るものが大変多いことを実感しております。さらに会場で本大学院の修了生が我々に合流することが多くあり修了生?在学生?学部生の交流の場となることも多々ありました。この場での懇親会には本学の学生だけでなく他大学の院生や教員まで参加することも多く、研究の奥深さを知ったり人脈を作ったりと他では得難い経験となるようです。さらに、そのような体験をした学部生が大学院に進学することも珍しくはありません。
それはとてもよい取り組みですよね。修了生と現役生の交流になりますし、修了生が現場に出ていても研究に携わる機会があるということは、素敵なことですね。博士後期課程に進学するというキャリアにつながる可能性もでてきますから。
紀要のこともそうですけど、院生が在学中に研究実績を蓄積できる機会を多く作れば、奨学金の返還免除等にも有利ですよね。
育成という意義に加えて、そういう現実的な意義もあるので、院生や修了生の研究支援は大事なことですね。
岡田先生がすでに実践しておられるので、こうした取り組みが人間科学研究科の中で多く実践されるとよいなと思っています。
私としては、やっと基礎心理学と臨床心理学がお互いに手の届く位置にくるようになったのかなという実感があるんですね。私の若かりし頃は、基礎心理学の立場にいる師匠がゼミの学生の前で「臨床心理の研究は何やってるかわからないよね」と公然と話すような時代だった。今は感情研究がちゃんと始まってきたことで、その壁がようやく取り払われる気がしています。感情についての研究が整うことで、人間存在についての理解が進み、ようやく出口が見えてくることがあると思います。体と感情の話っていうのを現象理解の入口にも出口にもしていくというか、大事なことなのかなと個人的には思っています。
岡田先生は、「岡田雑貨店」と自称されているように、本当に学生がやりたいことにあわせて色々な研究をなさっていますね。上手に方法をつなげられているところは、実験心理学的トレーニングを経られてきた強みだと思います。研究に興味をもつ入口は何でもいい。一つのことをコツコツやっていれば、色々なところにつながってくると思うので、方法の工夫をはかりながらぜひ皆さんやりたい研究を存分に取り組んでほしいと思います。